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2011年 05月 04日
※2009年、東京・ポレポレ東中野での公開時にお寄せいただいたリレーブログを再掲載します。
金子遊(映像作家『ベオグラード1999』) 映画『へばの』を観ていて、柳田國男の『海上の道』という著書のことを思い出した。柳田は伊勢湾の浜で、船の破片などの「寄り物」とともに椰子の実が漂着しているのを見つける。この話を聞いて島崎藤村は有名な「椰子の実」という詩を書き、柳田は日本人の祖先が風に乗って、南方から沖縄の島伝いに渡来したのではないか、という仮説を立てた。 特に柳田が風の名前を集める件が興味深い。海の生活者は風の性質で名前をつけ、内陸に住む農民は風の方角に敏感だから、同じ風でも地方によってまちまちな名前がついている。たとえば、オホーツク海から冷気を運んでくる「やませ」は海の民にとっては「山背」の意であるが、内陸では古くは万葉集の時代から東風(アユノカゼ)と呼ばれていたという。 風の名前を集めるというと詩的にも聞こえるが、目に見えない風という存在は、古代からこの列島の農民や漁民にとって生活を左右するリアルなものだったのである。 ところで、2008年7月末、私は青森県の南部(太平洋側)から下北半島にかけて旅をした。折りしも7月24日の岩手県沿岸北部地震の直後のことで、震度6弱を記録した八戸市では家屋損壊など激震の爪あとが生々しかった。地震が発生したのは午前0時24分であったが、東北電力と日本原燃は、東通村の原発1号機と六ヶ所村の使用済み核燃料の再処理工場などの原子力施設を点検し、午前5時までに異常がないことを確認したと発表した。地震発生から4時間半と迅速な対応であった。 この地方における原子力施設の異様なまでの存在感を実感した私は、六ヶ所村まで車で走ってみた。驚かされたのは、真夏なのに20度以下というその気温の低さである。「やませ」が運んでくる濃霧により日照時間が減って気温が下がるそうで、その冷気は江戸期には冷害や凶作の一因ともなったという。 もう一つの驚きは、六ヶ所村に広がる湖沼地帯である。複数の沼と小川原湖で形成された海跡湖沼は、その名の通り縄文時代には海であった。これらジクジクとした沼地と霧のなかを抜けると、巨大国家プロジェクトである国家石油備蓄基地と再処理工場が出現する。冷気と濃霧の吹き溜まりとなっている六ヶ所村という土地は、日本全国から石油と使用済み核燃料という「寄り物」が最後にたどり着く湿地帯となっているのだ。 目では見ることのできない「核」というものが、地元の住民にとってリアルな脅威であることは言うまでもない。『へばの』という映画の核心にある魅力は、六ヶ所村に漂うそのような空気と風土をとらえることに成功し、可視化できない核の脅威を何か他のものに仮託しながら「禍々しさ」として提示しようとしていることであろう。 『へばの』は、再処理工場で働いている若い男性がプルトニウムによる被曝を受けたことで、結婚すら予定していた女性との関係が悪化し、それが崩壊していく過程を描いている。男性の被曝によって奇形児が生まれる可能性が出るのかどうか、その真否はわからない。ただ女主人公の父親はそのような心配をする。 とはいえ、映画にとってもっと重要なのは、地域住民にとって脅威であると同時に生活の糧ともなっている再処理工場という存在が、時限爆弾のように人々の内奥に潜んでおり、その生活と人間関係のすべてにストレスをかけている様を描くことである。そして、それを一対の男女の関係に集約し、暗示しようとしたところに、この映画の秀逸さがあるといえるだろう。 映画『へばの』では、奇跡のような映像や音声のショットをいくつも見ることができる。太平洋上にさかまく黒い積層雲、偶然的にか必然的にか録音されてしまった激しい風の音、寒々しい海に次々と寄せてくる白い波頭、再処理工場の見える野原でガザガザと風に揺れる枯れ草の姿、裸で横たわる女主人公が吐く息の白さ…。 目に見えるか見えないかわからない微細な現象のひとつひとつが、六ヶ所村という土地や使用済み核燃料の再処理工場の存在と結びつけられるとき、私たちは怖気を覚える。なぜなら、それらは私たちが利便性の追求と引きかえに手にした凶兆なのであり、私たちが廃棄した使用済みのものが「寄り物」となって集積されるその土地では、空気や風土までが取り返しがつかないくらい禍々しいものに変容してしまっているからである。 ![]() ************************************ 『へばの』英語字幕版上映+USTREAM 同時配信 2011年5月15日(日)モーニング&レイトショー上映 ◎モーニングショー 【開場】 10時30分 【開映】 11時00分〜 【座談会】 12時45分〜 【会場】 光塾 COMMON CONTACT 並木町(東京都渋谷区渋谷3-27-15 光和ビルB1) ※上映終了後に休憩をはさみ、その場で、参加を希望される方々と、監督・スタッフにより座談会を一時間程度行いたいと思います。参加は無料です。 ◎レイトショー 【開場】 20時50分 【開映】 21時10分〜 【会場】 オーディトリウム渋谷(東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F) 【各回入場料】 予約:1,000円 / 当日:1,200円 【ご予約・お問い合わせ】 E-mail:teamjudas@ss.lomo.jp ※各回共、映画上映と同時にUSTREAM 配信を行います。 www.ustream.tv/channel/hebano-goodbye ※経費を差し引いた収益の全額を被災地の義援金として寄付、もしくは物資を購入して届ける予定です。 送付先、届け先に関しましては現在検討中、終了後に会計収支とともにをHP上で報告します。
by hebano_goodbye
| 2011-05-04 12:48
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